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流れ者のオヂサンはここ一月ばかり、伊豆半島のくびれている部分の西側、韮山というところで働いている。
今は伊豆の国市という地名になっているのだけれど、興味の無かったオヂサンは「伊豆市なら聞いたことがあるけど・・・」だった。
韮山は三島から修善寺まで伸びる私鉄の駅もあり、朝夕はだいたい15分間隔で運転されてるので交通の便も思ったほどは悪くない。
その私鉄の韮山駅は南北に流れる狩野川の割りと近く、西は日守山や大平山、東は伊豆の山々に挟まれた谷間にある。
空気が澄んでいるとほぼ真北にある富士山が綺麗に見える。
駿河湾からの水分をたっぷり含んだ水が、手前にある愛鷹山にぶつかって雲になって富士山が隠れてしまうことが多いけど。

伊豆は、オヂサンのような流れ者には過ごしやすく、住み難いところかもしれない。
冬でも氷点下になることはほとんどないし、漁港がおおいせいか、魚介類が安くて美味しい。
地元の人たちも、穏やかで人当たりの良い、暖かい人たちが多いし。

でも、あまり大きな会社は無いのが、オヂサンのような流れ者には仕事が中々見つからないと言う意味で辛いところでもある。
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2016.03.11 5年目
もう5年。
たった5年。

思うことはある。
心の中にたまっているものはある。

立ち止まっていてはいけない。
前に進まなきゃいけない。

生きていく限り。
2016.02.20 とり皮
昨日の帰りに安かったというただそれだけでとり皮を1kgほど買ってきてしまったので今日は朝からとり皮を使った酒の肴を作ってみた。
量が多いので今日は3つほど。
まずはとり皮を流水で洗ってキッチンペーパーを押し付けるようにして水気をとる。
というをがーっとやっておく。
んで、それを調理してみたのだけど・・・・

沸騰させたたっぷりのお湯にとり皮を泳がせるようにして5~6分ゆでる。
茹で上がったとり皮を氷水でさっと〆めてから千切りするように切っていく。
きゅうりも同じように千切りする。
千切りしたとり皮ときゅうりを小鉢にいれてゴマドレを垂らしてかるく和えて、梅肉をちょんと乗せる。
なんというか、こう、一味二味たりないです。

とり皮を千切りというかみじん切りにして、スーパーで買ってきた「餃子の元」(葱、ニラ、白菜のみじん切り)にして和えて、つなぎ代わりに小麦粉を多めに振る。
これを大匙で掬いながら煮立つ寸前のスープに落として、10分も煮れば「なんちゃってとり皮つみれ」の出来上がり。
つみれっていうより「皮なし水餃子」みたいなものだけど。
小麦粉を卵で溶いたのを使って、チンチンに加熱したフライパンでごま油でガーっと火を通した、とり皮チヂミ風。
どっちも食感がこう・・くちのなかでボロボロ崩れる感がどうにも・・・
ミンチメーカー欲しい・・・

とり皮の両面に格子状にかるく包丁を当ててから醤油、みりん、おろし生姜で作った即席タレに10分ほど漬けてからフライパンで火を通してご飯に乗せて「とり皮丼」。
匂いはいいんだけどな、匂いは・・・・

どうにも腕の問題もあるけど、シンプルな味付けのほうが好みになって来ているみたい。
脂ギトギトのハンバーグだステーキだを朝からがっついてパワフルに動き回れたのは、もうはるかかなたの過去の話し(それこそ昭和のころの思い出)
塩茹でしたとり皮をショウガ醤油でつまみながら抹茶ハイで口の中にたまった鳥の脂を洗い流してる。
酔い覚めの水の美味しさは格別。
湧き水をすくって飲むなんて最高かもしれない。
水が美味しく感じられるほどに酒を飲むのは躰には良くないらしいけど。

ここ数ヶ月体調が非常に悪く寝起きから疲れ切ってる状態が続いている。
食欲も波がひどく、いったん食欲がでるとおにぎり10個とか平気で食べるけど週末はぐだぐだと過ごしてると食事もとらずに済ますことが度々あるので、そんなときは金曜日の晩飯から月曜日の昼飯まで何も口にしない、なんて状態になる。

なんときゃしなきゃと理性はわかってるけど理性以外はやるきなっしんぐ。
以前、胃腸の調子がおかしくて起き抜けの炭酸水生活してた時のことを思い出して、起き抜けの水を初めて1週間ほどで、朝起きられるようになってきた。
たった1杯の水。
たかが水、されど水、といったところか。
ここ最近、政治の話題が多いのだろういくつも目に付く。
そこでひとつ、目に障った記事があった。
「ドイツは赦されて、日本は赦されていない」というものだ。

それちがう、ドイツは赦されてなどいない。

戦後ドイツは分断され徹底的に搾取された。
文字通りに主権なく、ただただ吸い取られるだけの奴隷だった。
それに加えて、ドイツの、ドイツ人の行ったことは、自分たちの父親を、父親の同僚を、死刑台へと送り込むことだったのだ。
今のドイツは、国境線や土地の名前こそドイツを継いでいるけれど、いってしまえばそれ以外はまったく別の国だ。
敗戦後、父やその同僚たちを死に追い込み、戦争にいった経緯やその理由をすべて踏みにじって捨て去り、強者に媚び諂ってまったく別の国になったからこそ「赦されている」ように見えるだけだ。
父を、父の友を、同僚を、殺すように仕向けておいて戦勝国はそれでも飽き足らずいまだに「敗戦国」として扱っている。

もう「生き残るために」戦争を起こした国は、今なお赦されてはいない。
しかしそれは問題にされることは無い。
なぜなら、とっくの昔に滅んでいるからだ。

日本は、幸か不幸か、国として生き延びた。
アメリカがもくろんだとおりに、一億人全員が、飢え死にしていたほうが世界平和とやらの幻想のためにはなっだろう。
しかし日本は生きている。
「飢えて死ね」と言われ、産業の血となり肉となる鉄と油を奪われた日本は生き延びてしまった。
今の日本は乱暴なまでに平たくして言えば「戦勝国というトラの威を借りた狐にカネをたかられている」状態だ。

もっとも、その狐というのは、韓国と中国だけといってもいい状況ではあるが。

日本は、有形無形のさまざまな「償い」をしてきた。
声高に言わなかったし、これからも言わないだろうが。
それに日本はもう韓国にカネを「補償」の名目で払う義務も義理も必要も無いのだ。
中国に至っては最初からそんな権利も義理も無い。
日本が補償しなきゃいけないあいては中華民国であって中華人民共和国ではないのだから。

もし「日本が悪い」と思っているなら日本が朝鮮半島や中国大陸にどれだけのカネを落としたか、一度調べてみることをお勧めする。
いや、世界中にどれだけヒトとモノとカネをだしているか、いつ、どこに、どれぐらいの金額か、調べてみることを強くお勧めする。
あまりの額の大きさに現実味を失うかもしれない。
あまりの理由のくだらなさに苦笑するかもしれない。

あなた達の父が、祖父が、文字通りに汗水たらし時には命すらすり減らして稼いだカネが、家族や日本のために使われることなく世界に出て行ったか。
その目で確かめてみるといい。

ドイツも日本も「償いをしていない」わけではない。
ドイツは戦後ずっと「戦犯」を殺し続け絶え間なく血を流し、過去と決別することを強制されてなお搾取されて、赦されてきている。
日本は、血を流していない代償か、永遠に赦されることはないだろう。

正直、もうたくさんだ。
日本にカネをせびる半島の意地汚い精神的なこじき国家や、貢物をよこせとばかりに傲慢に振舞う世界の覇者を驕る大国も、もうコリゴリだ。
本音を言えば、半島も大陸も、核でも細菌でも化学汚染でもいい、ひとり残らず死んでくれ、というのが心情だ。
そうすれば日本国内にはびこる国家間強盗団の尖兵役を自ら買って出てるマスゴミも多少は頭を使うようになって少しはマシな報道ができるようになるだろうから。
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